阿佐美〜其の弐 ***歳三と阿佐美の恋***/ねこ(江戸)さん  
 


○吉原大門 (早朝)


   足早に大門を抜け、歩いてくる土方




○吉原 土手 (早朝)

   朝靄のまだ残る土手(日本堤)を歩く土方
   其の行く手に立ちはだかる、5.6人の武士たち
武士1「待てぃ。」
   土方、咄嗟に刀に手をやり鯉口を切る
土方 「何用」
武士1「阿佐美の処に通うのは辞めてもらおう」
土方 「ふん、何を寝ぼけてやがる。いつから御法度になったんだよ。」
武士1「貴様さえいなければ!」と、土方に斬りつける
    土方、体をかわし
土方 「男が女郎相手に嫉妬か〜?野暮な野郎だな。」
    武士達、一斉に土方めがけ斬りつける
    それをかわし、全速力で駆け出す土方
   「待て〜」と追いかける武士達
    土方、途中で急に立ち止まり、振り返る
土方 「さあ、きやがれ!」
    太陽を背に上段に刀を構える土方
    武士達はまぶしくて斬りつけられない
土方 「ならば、いくぜ」と、斬りつける
    刀さばき鮮やか、とは言い難いが、それなりに強い土方
    へっぴり腰で、おどおどしている武士達
    お互い体に力が入りすぎ、次第に疲れてくる
    しかし、お互い引くに引けない
    その時、土方の刀が武士1の足を払う。鮮血が飛ぶ
    深手を負う武士1、傷を押さえながら倒れ込む
    斬られた武士の血を見て腰を抜かす武士達
土方 「もうやめようぜ、その足じゃ当分吉原通いも出来まい。」
    腰を抜かして動けない武士達を後目に、納刀して歩き去る




○江戸の街 (朝)

    通りを歩いている土方
    すれ違う人々が指差し、ひそひそと話す
    それに気づき自分の体を見回す
    着物の肩口が切れ、血が滲んでいる
    舌打ちをしながら、着物の袖口をたくし上げ、傷口を隠し
    歩いていく土方




○試衛館 井戸端(昼)

    着物を脱ぎ、下帯だけで水浴びをしている土方
    肩に浅いキズがある
    その時、後ろからそっと近づく人影
土方 「誰だ!」と振り向く
    背後に、ニコニコと笑って立っている沖田
沖田 「イヤだな〜土方さん、何そんなに殺気立ってるんですか?
    この寒いのに水垢離なんかしちゃって、お!見れば刀傷、
    どうしたんですか」
土方 「何でもね〜よ」と、水浴びを続ける
沖田 「何でも無いことないでしょ」
    と、立てかけてあった土方の刀を抜いてみる
沖田 「ほーら、血の跡がある」
土方 「うるせーなー」
    沖田、懐紙を出し刀を拭う
沖田 「土方さん、命狙われましたね。いよいよ江戸に居られなく
    なりましたねぇ。京へでも行きますか」
土方 「ん?そうだ、こないだ永倉が言ってた事どうなった?」
沖田 「将軍家茂様を警護しに浪士隊を組んで京に行く話でしょ?
    近藤先生と永倉さんで、松平上総介殿のお話しを伺って
    きたそうですよ。近藤先生なんかもう姓名簿を作ってお
    いでですよ。もちろん土方さんも参加されるでしょ?」
    土方の目がキラリと輝く。
土方 「そうか、皆参加する気か、俺も京に行くかな」
沖田 「そう、こなくちゃ!京にもいい女が沢山待ってますよ」
土方 「生意気言うな!コノヤロー」
    と、桶の水を沖田にかける。
沖田 「ヒャー、やめてー」
土方 「逃げるなー!総司!」
    青空に響く二人のふざけあう声




○伝通院 広間 (昼)

テロップ「文久三年二月四日 小石川伝通院 大信寮」

    山のように(300人程)居る浪士
    その前で熱弁を振るう、浪士取締役鵜殿鳩翁
鵜殿 「手当の件ですが当初一人につき五十両とのことでありまし
    たが、予定より多くの希望が有り、一人十両といたします」
    一同よりどよめきがおこる。
    目を閉じて聞いている近藤、土方
    周りをキョロキョロ見回している沖田
鵜殿 「尽忠報国の士である諸君に変節は有るまいが、不服の者は
    遠慮なく退くが良い」
原田 「ちっ、計算狂いやがったぜ、一人十両かよ」
永倉 「ま、しょうがねえや、五十人募集の処、三百も集まっちま
    ったんだもんなー」
    沖田、周りを見回しながら
沖田 「原田さん、しかし色んな方がいますね。あっ、向こうには
    博徒までいますよ」
原田 「どうせ金目当ての奴等さ、出発時には減ってるさ」




○吉原 阿佐美の部屋 (夜)

    向き合い酒を飲んでいる阿佐美と土方
    土方、懐から包みを出して、無言で阿佐美に渡す
阿佐美「あら、めずらしい、土産かい。土手のきんつばだね
    これ香乃ちゃんが好きなんだよ」
土方 「香乃って上方から来た妓だろう」
阿佐美「そう、沖田さんの相方、香乃ちゃん沖田さんがたま
    にしか来てくれないってぼやいてましたよ」
土方 「今日当たり来るだろうよ」
阿佐美「?沖田さん、来るって言ってたんですか」
土方 「いいや俺のカンだ」
    その時、廊下をバタバタ走って行く足音
    阿佐美、酌をしようとした手を止める
香乃の声「いや〜、嬉しいわー、沖田はんお久しぶり」
阿佐美「オヤ、凄いカンだこと、何かあったんですか」
土方 「いや、何も・・・」
    静かに酌を受け杯を口へ運ぶ
阿佐美「何か隠しておいでだね、この間の斬り合いの事なら
    もうとうに知れてるし・・・」
土方 「何、もう知ってるのか」
阿佐美「当たり前ですよ。あの野暮な芋侍!何を勘違いしてん
    だか。吉原では上手に遊んでこそ粋ってなもんですよ、
    もう此処へはみっともなくて来られないでしょうよ。
    それより、何を隠してるんです、言ってくださいな」
    土方、暫く無言で酒を飲む
土方 「京へ行く・・・」
阿佐美「え?京へ・・・。どうしてですか」
土方 「今、京の街は治安が乱れ天誅と称し、人殺しが横行してる
    だから、京へ行って将軍家茂の警護をするんだ」
阿佐美「いつ、出立ですか」
土方 「明日だ」
    阿佐美の手から杯が落ちる
    土方の顔を見つめて絶句する
    落ちた杯を拾い、阿佐美の手ににぎらせる
土方 「大名にでもなって、戻ってくる」
    阿佐美の目が涙で潤んでいる
    土方に握られている手を振りほどき、俯く
阿佐美「なんだか、目にゴミが入っちまったよ」
土方 「何年かかるか解らんが、きっと戻ってきておまえを此処から
    出してやるよ」
    流れる涙を袖で拭いながら
阿佐美「嬉しい事言ってくれるじゃないか、でもその間に誰かに身
    請けされちまうかもしれないよ・・・」
土方 「いや、ないさ」
阿佐美「大した自信家だねぇ」
    土方、阿佐美の側に寄り添い、頬にくちづけをする
    しっかりと、阿佐美を抱きしめる




○寝間 (夜)

    肌襦袢姿の阿佐美と土方
    布団の上で向き合って居る
土方 「阿佐美の全てを覚えておきたい・・・」
    揺らめく行灯の炎
    阿佐美、立ち上がり襦袢を肩口から落とす
    それを見つめる土方
    阿佐美の頬には涙が流れている
    土方、阿佐美の手を引き、夜具に導く
土方 「阿佐美を忘れない、この体も」
    と、土方は、触れた
    阿佐美の口から声が漏れる
土方 「阿佐美・・・」と、強く抱きしめた
    阿佐美の体を責める土方
    それを懸命に受け入れようとしている阿佐美
    体の全てで土方のを記憶しておこうとするかのように
    夢中になって体を動かす阿佐美
    その時、阿佐美の胸に涙が落ちた
    土方の顔を見上げるが、泣いてはいない
    土方は阿佐美の唇に自分の唇を重ねた




○見世 玄関(朝)

    土方は式台を降りて、草履に足を入れて、式台に振り向く
    袖で土方の刀を持ち、渡す阿佐美
    それを受け取る土方
土方 「では、行って来る」
阿佐美「いってらっしゃいませ・・・・アバヨ・・・」
    無言で頷くと、見世を出てゆく土方。
    土方の去った後、立っていた所を見つめ動かない阿佐美
阿佐美「待ってなんかないよ・・・バカヤロー・・・好きだよ・・・」
    阿佐美の頬に涙が流れる




○吉原 大門 (朝)

    大門を出て振り返る土方
    目を細め吉原の佇まいを見る
土方の声「必ず・・・」




○街道を行く浪士隊 (昼)

テロップ「文久二年二月八日 浪士隊出発」

    うっすらと積もる雪を踏んで歩く浪士隊の足もと
    芹沢鴨の顔
    近藤勇の顔
    冗談を言いながら歩く沖田、原田、永倉の顔
    寡黙に歩く土方の足下から徐々にパンアップ
    笠をあげ遠くを見やる土方の顔
Na「土方はこの時まだ一人の浪士にすぎなかった。」