酒始小噺 /ちゃちゃさん
 


長閑な春である。

──しかし、アレだ。一人で飲むてぇな、つまんねぇな。
何度目かの呟きとともに、周斎は酒を注いだ。
つまらないのなら飲まなければいい、などと思うのは、無粋な下戸だけで、
つまらなかろうが、旨いツマミがなかろうが、呑み助にとって酒は飲むもの
と決まっている。
ましてや、正月。誰憚ることなく飲んでいられる。
そんな日に飲まずにいられようか。
養子の勝太は、その図体に似合わず下戸で、一合も付き合えば真っ赤
になる。下戸の娘ならばともかく、頬を染めた野郎と飲んでも楽しくない。
このときばかりは、養子の人選を誤ったか・・・と思いたくなるほどだ。
──ふぅ・・・。
ため息を落としながら、空になった杯を満たした。

と、その時、視界の隅を沖田宗次郎が横切った。
小さな体は、明けて一二歳になったとはいえ、まだまだ少年というより子供
といった感がある。
「宗次郎。」
視界から消えた宗次郎を周斎は呼び戻した。
「はい。」
師の声に戻った少年は敷居の向こう側に、きちんと膝をついた。
これから、勝太と稽古でもするつもりなのか、稽古着をつけている。
「おぅ、ちょっとこい。」
「あの、若先生が・・・」
やはり稽古をするつもりなのだろう、その言葉を最後まで言わせずに
「いいから。」
来い、とちょいちょいと指先を動かして、促した。
「そこへ座れ。」
小首をかしげながら、入ってきた宗次郎の小さな手に杯を持たせると、
それへ半分ほど注いでやった。
「飲んでみな。」

宗次郎は、手の中の杯にそっと顔を寄せた。
酒の強い香りが鼻腔をつく。
屠蘇ならば、形ばかり口にしているが、美味いと思ったことはないのだ。
躊躇っていると、
「飲んでみな。」
もう一度、周斎が言った。
「いつまでも、ガキじゃねぇだろう。そろそろ飲んだっていい年頃だ。」
その言葉に、ぐいっと煽った。
喉を熱い液体が通過する。辛いとも、苦いとも言えない感覚が、口の中いっぱい
に広がった。
思わずきゅっ、と目を閉じる。
「おっ・・。いい飲みっぷりじゃねぇか。」
よしよし、と周斎はもう一度注いだ。
今度は、なみなみと注がれた酒を、宗次郎はぐいっと飲んだ。二杯目は、多少慣れ
たのか、先ほどのような違和感がない。
「ほぉ〜。宗次郎、お前なかなかやるじゃねぇか。」
どうやら、この子供は剣の才だけではないらしい。
──これは、楽しみが増えたな。
周斎はうれしくなった。
宗次郎の杯が空くと、注いでやり、自分もその様子を肴に酒を飲む。

──これからは、こっちのほうも鍛えてやるか・・・。




「あ゛っ・・・!」
その思考を勝太の声が遮った。
「養父上っ・・・!何をしてるんですかっ?!」
「おぅ、勝太。こいつはなかなかイケるな。」
周斎は上機嫌だ。
「いや、そうではなくて・・・。」
すっかり出来上がってる周斎に、小さくため息つくと
「おい。」
宗次郎の顔を覗き込んだ。
目元をぼぉっと染めてはいるが、さほど飲んではいないのだろうか、
存外しっかりした目をしている。

ほっとしたその時、宗次郎が口を開いた。
「あれ?若先生。いつからお二人になったんですか?」
おかしいなぁと、可愛く首をかしげている。
「は・・・?」
どうやら、見かけ以上に酔っているらしい。
勝太は、周斎をジロリと見た。
どうするおつもりですか、と目が問うている。
「いいじゃねぇか、正月なんだし・・・。」
「あれぇ、若先生。今度は3人ですよ。」
酔いのせいか、日頃よりあどけない口調で宗次郎が言った。
「分身の術ですか?すごいなぁ、私にも教えてください。」
少年の口調は真剣だ。いや、本人は真剣なつもりなのだろう。
「う・・・。」
なんと応えたものか、思わず勝太は口ごもった。
「宗次郎、これはな、秘中の秘だ。そうカンタンには教えられないな。」
「ち・・養父上っ!!」
酔った周斎の無責任な一言に、思わず声が大きくなる。
後から教えろなどと、言われた日にはどうするつもりなのか。
「えー、そうなんですか・・・。」
しょんぼりと俯いた宗次郎は、しかし、ぱっと顔を上ると
「じゃあ、私がもっともっと強くなったら教えていただけますね。」

その名乗りを総司と変えたのちも、酒の肴にされることになる、と
知るはずがない。
きっとですよ、と宗次郎は念を押すように、にっこりと笑った。

のどかな試衛館の正月は過ぎてゆく。

                               

─fin─

              

年賀イラストでまたもや鯛を釣らせて頂きました(*^^*)ちゃちゃさんから頂いたお年玉小噺です。
飲んべえな周助さんの酒飲みの理屈も可笑しくて・・・
この後も宗次郎君は分身の術は教えて貰えなかったようですね(笑)
ちゃちゃさん、ありがとうございましたm(_ _)m

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